きのこが好き。本も好き。それでもやっぱりきのこが好き。

菌糸に取り憑かれた蟻は死に向かうにあたって己の巣へ帰ることをせず、木に登るのだという。それつまり少しでも高いところで宿主が果てることにより胞子はより遠くへと分散される可能性が高くなり、きのこが繁殖する範囲が広くなることを意味する。これは菌糸から蟻へと命令が下り蟻は意思に関わらずその命令に従わざるを得ない、というミクロな世界のやりとりが行われているのだという。そして、そんな目に見えない菌糸がいつのまにか人間にも忍び込むと、その人間は己の意思に関わらずきのこ文化を世に広めなければならない使命に駆られるようになるのだ。いわば大いなるきのこの意志なのだ。と。

12月4日土曜日、写真評論家・きのこ文学研究家の飯沢耕太郎さん、聞き手にライター・編集者の南陀楼綾繁さんをお迎えして行われた『きのこ文学名作選』(飯沢耕太郎編/港の人発行)刊行記念トークイベント 「きのこが好き。本が好き。」は、こんなニュアンスの話で幕を開けた。
まずはきのこにまつわる様々な話。飯沢さんはとても幸せそうな顔をして話す。著書『マジカル・ミステリアス・マッシュルーム・ツアー』の前書きにもあった「きのこ病」の進行段階の、興味を持つ段階からグッズ等の収集へ、やがて雑学知識を欲しさらにはきのこの布教活動に入り、ついには世の中のすべてのことがきのこ中心になってしまうという末期症状も幸せだからそれでよいのだという。
『きのこ文学大全』出版に至る道のりは険しかったようだが、「きのこ的出版社」だと感じていた平凡社から新書の幀で出版されたことには結果として大満足の様子。
いよいよ『きのこ文学名作選』の話題に入ると聴衆は否応なく前のめりになる。天才・祖父江慎さんによる大胆なブック・デザイン。冒頭の萩原朔太郎の詩「孤独を懐かしむ人」にガツンとやられ、これはもう決まったと思ったとのこと。作品ごとに使い分けられた紙や字体は気まぐれに遊ばれたわけではなく、登場人物の状態で上下反転するページや、ただ「しづかな日」の静けさのために何もないページが続いたり、銀色の紙に白インクで刷られた作品は「これじゃ読めないよ」と思うのと同様に読んでも難しくてあまり意味がわからない、などなど。なるほど斯様に祖父江さんのデザインは、無軌道な思いつきに由るものではなく、すべてが計算し尽くされた確信的なものなのだという話には嘆息した。この実に「きのこ的な」デザインの素晴らしさは是非、実際に手に取って驚いてみてほしいもの。これで1冊の美術書だという声を聞きます。

さて「きのこ文学」を蒐集する苦労話が終わった頃だったでしょうか。1時間半の予定のトークがすでに1時間を経過した頃。聞き手の南陀楼さんの用意したメモに目をやった飯沢さんは「なに、まだそんなに訊くことあるの」と茶目っ気たっぷりに不機嫌さを装ってみせました。「きのこの話が終わったんならもういいでしょう」という風に。
「いやいや一応本の話も聴かないと」と南陀楼さん。わざと面倒くさそうに応える飯沢さん。ご自分の仕事についても、たとえば『日本写真史概説』は「一貫性がない。あれはダメ」といきなり自己批判。幕末から現在までの体系的な写真史評論が出てこなくてはいけないと説きました。でもそれは自分の仕事ではないとのこと、アカデミックなところでなされるべきもののようです。90年代に入って雑誌「deja-vu」創刊より編集長を務めましたが、その頃から自分の肩書きである写真評論家という違和感が、ただ写真を、写真の魅力を、人々に伝える、知らせる、紹介する、そういう者に変容していったようです。興味深い逸話でした。
他にもこれまでの仕事と「本も好き。」の話がいくつか続く中、今後やりたいことで口にした「書肆くさびら堂」。このとき飯沢さんの顔色が一瞬にしてぱぁっと明るくなったのは私だけの見間違いではなさそうです。くさびらとはもちろんきのこのこと。書肆くさびら堂はグッズも扱うきのこ専門の本屋さん。「アイディアはある、ノウハウもある、口は出すけどお金は出さない、誰かやってくれませんか。」

思えばこのトーク全体を通してデフォルメすると、きのこにまつわる話をしているときのまるで子どもような屈託のない幸せそうな飯沢さんと、きのこ以外の仕事について話すときの神妙な大人の面持ちの飯沢さんと。ある意味この対比が現在の飯沢さんの心境を物語っていたようにも思われます。

きのこが好き。本も好き。
それでもやっぱりきのこが好き。

最後に飯沢さんは、現代の病的な世相をあたかも高い高い木の上から見晴るかすようにして、『この先ますます「きのこ的生き方」が必要になるでしょう』と語りました。きっとこれからも、きのこ文化を伝搬するきのこ界の伝道師として、あくまでのほほんと、きのこの魅力を語り続けてゆくのでしょう。
ご来場されたみなさま、もちろん信天翁も、飯沢さんから実は見えない胞子が放たれていて、どこかに付着して着々と発芽の日を待っているのでは?、などと空想させられる、なんとも魅惑的でミステリアスで、とことん面白可笑しい飯沢耕太郎さんのトークでありました。
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追記1
このレポートは、トーク当日やむなく遅れてしまった方や、予定がかぶってしまって早々に退出しなければならなかった方、また狭い会場のためでしょうか気分が悪くなって退席せざるをえなかった方など、全体的にはざっとこんな感じでした、と知っていただければと思い書いてみました。
とはいえ、これはすべてあほう♂(山﨑)の見聞きによるものなので、中には間違いや勘違いもあるやも知れません。
その際にはどうぞご勘弁ください。
他の方々も、訂正が必要な場合にはお伝えくだされば幸いです。

追記2
さらに詳細なレポートはこちらをご覧ください。
港の人ブログ
つん堂さんのブログ つん堂@tundowの日記






飯沢さんのサイン。
一人一人図柄が違いました。うちのはこんなの。
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みんなのサインを写真に撮って見比べるんだったなぁ。いま思いついたんだけど。


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by books_albatross | 2010-12-07 17:13