地下への挨拶(♂)

古書往来座代表がこれはどういう歌なんですか、と聞いていたのを思い出して探してみたら( 往来座地下のリトルドラマーボーイと養生テープはこちら )子どもの頃に観たアニメーションがあった。


あらすじ
ある年の暮れ、道端で瀕死の子羊を見つけた貧しいカッパのセッティは、おぉこれで年を越せそうだ、とその子羊を抱きかかえました。
ところが普段は胡瓜しか食べていないセッティ、子羊をどうやって食べたらいいのかがわかりません。
そこで町いちばんの料理人「ケバブの王」に調理の仕方を尋ねに行きました。
折しもその夜は下町を上げての何やらお祭りムード。
とはいえ腹を空かせて空気を読めないセッティは、人ごみをかき分け「ケバブの王」のところへ進み出るのでした。

「やあ、ケバブの王。この子羊を食べたいんだけど。」
「しーっ。おお、立派な子羊だね。」
「腹が減ってガマンできないんだ。どうやってしめたらいいんだい。」
「いや、もう死んでいるよ。それにすまない、私は解体が苦手なんだ。」
「苦手、て。あんた料理人だろ!」
「儲かる話なら応じよう。っと、そうだ。キングに尋ねてみたらどうだ。人類の王だ。彼なら君を救ってくれるに違いない。」
「あの赤ん坊が?バッ、バカ言ってんじゃないよ。」
「カッパの君が信じる必要はないさ。でも彼のところへ行ってごらん。」
「え、はい。あー、けど手土産がないじゃん。」
「行きなさい。お生まれになった王を拝んで来なさい。」

こうして今宵誕生したキングに謁見したカッパのセッティは、その清らかな赤子の尊さに打たれ、肌身離さず持っていた太鼓を思わず叩いて祝福し始めたのです。

ラパパンぼえー、
ラパパンぼえー、
ラパパンぼえーーー。

すると何ということでしょう。
死んでいた子羊が甦り、てめアタイを食べようとしやがったなコンニャロ、と飛びかかって来ました。
いきおい子羊を抱きとめたセッティは、なんて暖かいんだろう、生きていなければこの温もりはなかったのだな、と思うのでした。
まずは越冬に向けて暖をとるのが先決だ、と心を入れ替えたセッティは、子羊をマチルダと名付け、それはそれは大切に、春までかわいがったということです。


















この物語には後日談がある。
春になって身の危険を察知した羊のマチルダは、セッティの元から逃げ出した。
無事に逃げおおせてとある農場に身を寄せていたマチルダであったが、ある日、近くの沼へ水を飲みに降りたところを、そこで野宿していたザッキィ・トラバートに捕まってあっさり食べられてしまった。
ザッキィもまた、もともとマチルダと名付けていた毛布ひとつだけをもって、方々をあてどなく彷徨うひもじい男なのであった。



(それにしてもこの“Waltzing Matilda”のアニメーションは何度観てもひどい……)



あー。
もちろんこれらのお話はあほう♂のたわいのないおふざけである。申し訳ない。
と何処かからお叱りを受けたらお詫びするものである。
(♂)











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by books_albatross | 2014-12-20 02:47 | あほう♂